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ブリュンヒルデの他者犠牲


以下は、ハンブルグのテレビ番組で行われた、アストリッド・ヴァルナイ、ビルギット・ニルソン、マルタ・メードルという、偉大なドラマティックソプラノ達 の井戸端会議の記録である。この3人は、キルステン・フラグスタートとともに戦後バイロイトの黄金時代を支えただけでなく、世界中の主要歌劇場のブリュン ヒルデであった。ヴァルナイはクナッパーツブッシュとクラウス、ニルソンはショルティとベーム、メードルはフルトヴェングラーとの「ニーベルンゲンの指 輪」の全曲録音が残っている。女傑達にかかれば、帝王も形無しである。訳は筆者。

http://web.archive.org/web/20091027133433/http://www.geocities.com/Vienna/Strasse/7321/mnvdisc.html

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(クナッパーツブッシュのパルシファルの映像。メードルのクンドリー)

メードル: クナッパーツブッシュ・テンポね。

ヴァルナイ: 彼は言ったわ。遅く、でも引きずらず。遅く、引きずらず、引きずらなくても、充分遅かったわよ!

メードル: 私はあのシーンで25メートル離れていたの。彼は座っていたから、見えなかったわね。そして、突然、彼が立ち上がって、見えるようになった。彼は 神みたいだったわね。彼は一本の腕を突き出し、そして、別の腕を突き出し、そして、オーケストラピットから強い波がわき起こって....。

ヴァルナイ: でも決して、声を邪魔しなかったわ。

(パルシファルの舞台転換の音楽を指揮するクナッパーツブッシュの映像)

メードル: 彼が立ち上がるとき、いつも信じられないことが起こるのが見えたわね。

ヴァルナイ: そうね。彼とオーケストラは一体になっていた。

メードル: そして、あのクレッシェンド...。



ヴァルナイ





ヴァルナイ: そう。あのクレッシェンド。彼は最初座っていて、それから腕を広げるの。で、私たちは思うのね。「これだ!」って。でも、彼が立ち上がった時、ブレスを十分にとっていないと不幸なことになった!

メードル: 私は時々、「パ〜ルシファ〜ル」のワンフレーズで三回ブレスしたの。

ヴァルナイ: それは彼にとっては問題ではなかったわね。

ニルソン: でもリハーサルでは、彼はあのテンポをとらなかったわね。公演だけ。もちろん、時々だけど、とても驚いたわ。特に彼と初めて共演するものにとってはね。






メードル





メードル: ナポリで指輪のドレスリハーサルをやった。私はあなた(ヴァ ルナイ)の録音をもっていて、そこから勉強したのよ。彼はリハーサルを全然してくれなかったの。私は、あなたの録音をずっと勉強していて、彼はドレスリ ハーサルに現れた。で、劇場はネコだらけで、そこら中足跡だらけ。彼は、私の手をとって、足跡を一つ指差し、「これがブリュンヒルデだぞ」って言ったの。

ヴァルナイ: ウソ!

メードル: それが指輪全曲のリハーサルの全部、ってわけ。

ヴァルナイ: (笑って)信じられない!





ニルソン





ニルソン: 私はミュンヘンで彼とサロメをやってたの。彼はサロメがあま り好きじゃなかったわね。それで、私たちの間は険悪になったわ。で、ヨカナーンが...誰がやったのか覚えていない。Metternichじゃなかったわ ね。ゲストだった。彼がとても不安定で、ミスを連発したの。そして、クナッパーツブッシュがオーケストラ・ピットから怒鳴り始めたの。私は、「なんて 事!もし、これが私に起きたら、どうすれば....」。で、もちろん、ミスをした。「Ach, du wolltest...」で、1/4拍子速く入ってしまったの。彼は立ち上がって、Aで始まって、holeで終わる罵詈雑言(Asshole=クソッタレ) を吐いたわ。涙が溢れて泣けてきた。18分の最終シーンの間、泣きながら歌った。クナッパーツブッシュはこちらを一度も見なかったのよ。助けようと思え ばできたのに。絶対忘れない。今、こんなことをする指揮者はいないわよ。歌手が出て行ってしまうから。でも、昔はこんな感じだったの。指揮者と生死を共に するの。ジミー・レヴァインみたいな歌手のための指揮者、とは大違いよ。彼は素晴らしいわ。

ヴァルナイ: 彼は歌手と一緒に呼吸するわね。

ニルソン: 歌手と一緒に呼吸し、楽しみ、霊感を与え、頭の中に音楽が満ちていて、でも音楽の中に没頭していない指揮者。ミトロプーロスみたいね。彼は全部のリハーサル番号を把握していた。


ヴァルナイ: ミトロプーロスは私に大きな影響を与えた。彼は、私にエレクトラをやらせたがっていた。私は、「30や33でエレクトラなんて早すぎます!」って言ったの よ。でも、彼は私にやらせたくて、「コンサート形式だよ」って言った。私は、彼の横に立っていたけど、空中に浮かび上がるような気がした。とても素晴ら しかった。私は、あの役には若い声だったけど、彼は必要とあればオーケストラを抑え、そしてそうでない時には開放させたわ。素晴らしい出会いだった。それ 以来、たくさんの偉大な男性と仕事したけど、一度も女性指揮者とはないわ。誰かいるか知らないけれど...。

ニルソン: いないわね。

メードル: ごめんなさい。舞台にたっていて、もし女性がピットにいたら、私は守られてなくて、孤独な感じがすると思う。ごめんなさい。そう思うの。



ニルソン: 私は指揮者が暗譜で振るとナーヴァスになる。コンサートは違う。皆、楽譜を目の前に置くから。でも、誰しも記憶喪失に陥ることはある。カラ ヤンとやった時に私にそれが起こったの。そして、カラヤンも自分がどこを振っているのか、全然わかってなかったのよ。プロンプターは私が自分の役、イゾル デ、を把握していると確信していて、こっちに注意を払ってなかったの。彼はプロンプターボックスの穴から、カラヤンが何をしているのか見ようとしたわ。で も、カラヤンはそんなことは関係ない、といったふりをしていたわね。私が自分自身でどこのページにいるか把握するまで、彼はコンサートマスターにばかり注 意をはらっていたわ。ひどかった!

それから、1957年か58年のバイロイトのトリスタン、サヴァリッシュとのプレミアで、ヴィントガッセンと第二幕のデュエットを歌っていた時のこと。 ヴィントガッセンは普段はとても頼れて、彼を聴いて彼に続けばそれで良かったの。「Ewig!Ewig! Isolde Mein! Trisntan Mein!」ってやって、彼が記憶喪失。で、私も自分がどこにいるかわからなくなってしまった。私は完全にヴォルフィ(=ヴィントガッセン)に頼り切って いたから。で、サヴァリッシュを見たの。Ewig!で高いBか、Bフラットが来るのはわかっていたから。サヴァリッシュは合図をくれて、救ってくれたわ。 でも、彼はスコアを持っていた!もし、暗譜で指揮する人がいたら、そんなことはできないわよ。

ヴァルナイ: クナッパーツブッシュは、どうしてスコアなしで指揮しないかと聴かれて、「俺は楽譜が読めるからね!」と答えたのよ。

ニルソン: 彼にはユーモアのセンスがあった。

ヴァルナイ誰よりも鋭いセンス、がね。彼はピットにいた時には偉大だった。まるで助けをくれる父親みたい。私たちはスコアを持てないし、全部暗譜でや らなきゃいけない。そして、感情と声をコントロールしなきゃいけない。悪い事が起こりうるの。でも、だれか信用してくれる人がいれば、そんなことは起こら ないもの。彼ら指揮者達が放射してくれるのはそれね。そして、突然、フレーズをのばしたくなる時になった時には、彼はそれを理解してやらせてくれるの。

ニルソン: そして、彼はいい声に対して理解があって、それを自由にさせてくれた。すばらしくて、霊感に満ちていた。




メードル私がフルトヴェングラーに感じたことなんだけど、とても奇妙 なの。今でも時々思いかえすんだけど、当時は特別なことと思ってなかったの。私はバイロイトの前に、スカラ座で一緒にパルジファルをやった。で、私が 思ったのは、「そうね。なんだか彼とうまくやっていけて、歌えるってことは素晴らしいことね。」ってこと。後になって初めて、どんなにそれを至極当然のよ うに考えていたかわかった。なぜだかわからないけど、本当にそんな感じだったの。彼と一緒に仕事が出来たのは、私のキャリアの中で、もっとも偉大な体験 ね。誰も侮辱することなく、良心を持ってそう言える。彼こそ、私の心の深淵に達した師だった。どうして今そう言えるのかわからないけど。フルトヴェング ラーはフルトヴェングラー。彼は唯一無比。別に他の指揮者が彼より劣るということじゃなくて、他にフルトヴェングラーはいない、ということ。ピットからの サポートを感じたの。彼のやりたいことがわかったのよ。

ニルソン: 理想のペアね。あなた方はどちらも真情があった。バイロイトで、私がベームとトリスタンをやった時もそんな感じだったのよ。溢れるような真情と暖 かさ。あのオペラは彼にとってとても大切なものだった。時々、指揮をしながら涙を浮かべていたわ。素晴らしかった。

メードル: 彼は指揮しながら歌っていたわね。

ヴァルナイ: そう、歌っていた。幸運なことに、トスカニーニほど、大きくは歌っていなかったけど!




(「ヴァルキューレ」をリハーサルするベームの映像)

メードル: 私、彼だけは怖かったの。

ヴァルナイ: 彼から目を離すことができなかった。

メードル: 私が彼を怖れたのは、彼はひどいオーストリア式のやり方で断罪することがあったからなの。彼はそのつもりがなかったし、悪意はなかったのだけど、彼には人を傷つけるやり方があったわ。

ヴァルナイ: 彼は攻撃的にもなれたしね。

ニルソン: 舞台ではいい雰囲気ではなかったわね。とてもイライラしていた。

ヴァルナイ: マルタ、でもあなたは彼を怖がることは無かったのよ。というのも、彼はいつも端役からスケープゴートを見つけ出していたから。彼がそんなこ とをするのは、彼自身がとてもナーヴァスになっていて、なんとかそれを克服しようとしていたからなの。彼を扱うには、いく通りかの方法があったわ。「マイ スタージンガー」でダーヴィッドを歌った、ある無名の歌手のことを覚えているわ。彼の名前はヴォールファールトだったわね((訳注)エルヴィン・ヴォール ファールト。ミーメなどの軽い声の役を得意としたが、36で急逝。))。ベームは彼に向かって、「そこで何やってる!こっちを見るんだ!クズのような演出 ばかり見てるんじゃない!こっちを見ろ!こっちを見ろ!」って怒鳴り続けていたわね。私がホテルにいたら、ヴォールファールトが来て、「アストリッド、僕 は床屋に戻ろうと思うんだ」って言うの。私は、「だめよ。あなたは床屋になんかならないわよ。一つだけできることがあるわ。前、やったことがあるの。彼の ところに行ってこう言った歌手を知っているのよ。「博士。いったい私にどうして頂きたいのですか?」。すると、彼は他の人間を標的にするの」。

私は彼と一緒に「トリスタン」をやったことを覚えているわ。彼はブランゲーネを攻撃していたわね。彼にとってはそうすることが、自分の緊張を沈める唯一の方法だったのよ。でも、それを知らない人たちは傷ついていたわね。

メードル: どういうわけか、彼は皆に愛されていたわね。彼を怖がっていたとしても。

ヴァルナイ: 彼は素晴らしい指揮者だった。それに疑問の余地は無いわ。とてもコントロールされていて、とても小さい動きでね。ほんの少しでも問題のある歌手 にとってはとても危険だった。舞台で動いているときでも、いつも彼を見ていなければいけなかった。もし見ていないと彼は、あなたが見るようにテンポを変 えてしまうのよ。とても難しかった。

ニルソン: もし歌手がリードした場合、歌手につけることについては彼は気にしていなかった。彼は声を愛していたわ。

ヴァルナイ: 本当ね。

ニルソン: 彼はバイロイトで見事につけた。あそこは指揮者にはとても難しいのよ。歌手の声がほとんど聴こえないから。たくさんの指揮者があそこでは問題を抱えるの。

ヴァルナイ: 私はカラヤンと問題を抱えたけど、それはバイロイトで始まったわね。トリスタンの時で、テナーと私が第二幕で彼からとても遠くに離れたの。特 にあの頃は彼が不明瞭だった時期で、空に雲を描いていたわね。どれが第一拍でどれが第三拍かわかんなくなっちゃうのよ。

メードル: 彼自身、わからなくなると、円をえがいてたわね。

ヴァルナイ: そう。それが彼の表現方法だった、ってことかしらね。でも困ったのは私よ!本当に頭に来たわ。名前は言わないけど、二人の同僚がヴィーラント・ ワーグナーのところにいって、「フォン・カラヤン氏とはこんな風では一緒にやれない」、と文句を言ったわ。私はアメリカにいて、そのことを夫に話したの。 そして、フォン・カラヤン氏を尊敬していたけれど、こんな状況では尊敬できない、とは言わなかったけれど、一緒に働きたくない、とか手紙に書いたのね。誰 かがそれを彼に見せてしまったの。そして10年もの間、彼は私を排除したわ。

ニルソン: そう。そういうわけで、私がブリュンヒルデとしてウィーンに来たわけね。

ヴァルナイ: そう。知っていたわ。

ニルソン: 私もわかっていた。それは57年か58年ね。私は驚いたわ。なぜって、皆はあなたがやると思っていたから。でも、そういう理由があった。彼はそういうことは絶対に忘れないものね。

ヴァルナイ: だいたい10年たって、フォン・カラヤン氏から、ザルツブルグでエレクトラをやりたいという電話をもらったの。でも、過去に触れない、という 条件付きだったわね。私は言ったわ、「過去をほじくり返したい人なんかいるの?」、って。そういうわけで、ザルツブルグでのエレクトラのためにきた、って わけ。

メードル: あなた....

ヴァルナイ: 一番いいところはまだよ。

メードル: そうなの?

ヴァルナイ: 私は公演の日は手紙や電報を読まないの。ドレスリハーサルの間さえね。私は平和が欲しいのよ。もし悪いニュースだったら聞きたくないし、いい ニュースだったら待てないじゃない。ドレスリハーサルで、衣装部屋に綺麗な赤いバラの花束があって、封筒が中にあったの。運ばなきゃいけないものがたくさ んあったから、封筒を置いて花束だけ受け取るって、言ったの。そしたら、私の衣装係が、「ヴァルナイさん。読めばいいじゃないですか」って言うの。私は、 「読まない。絶対に」って言ったの。彼女が言うには、「それは読んでもOKですよ」。その手紙は、エレクトラ再演のための契約書だったの。私は思った。 「こりゃ特別ね」。それ以来、私たちはまた一緒に働けるようになったの。



ニルソンさん、ご自分のハートが何かわかってるでしょう?



ニルソン: カラヤンと音楽を一緒にやるのは素晴らしかったわ。でも、舞 台を一緒にやることはそうではなかったわね。彼は照明の技術者よ。私たちは、光を求めて盲目の巡礼みたいに歩き回っていたわ。彼の照明が好きな人には素晴 らしかったでしょうね!皆が彼を賞賛していたわ。他の誰よりもカラヤンを特に賞賛しなきゃいけない理由、というのが私にはわからなかったけど。私はいつ も思った通りのことを彼に言ったわ。彼が一度、「ニルソンさん。もう一度やって。でも今度は心を込めて。あなたも自分のハートがわかってるでしょう?あなたの 財布の中にあるものですよ」。で、私は答えたわ。「じゃあ、フォン・カラヤンさん。私たちの間には、少なくとも一つは共有しているものがあるってこと ね」って。でも彼はその会話をユーモラスとでも思ったのでしょうね。そんな事がたくさんあったわよ。彼は、指輪のリハーサルのために、10時か10時半に 来るよう呼びつけたりして、それなのに30分か45分かそれ以上待たせるの。それで彼の秘書が来て、「フォン・カラヤン氏はお時間がとれません。夜の7時 にいらしてください。」って言うんだけど、それでも彼は45分遅れてきたりしていたわね。私は彼が単に、自分の力を見せつけたかっただけなんだと思ったわ。 「神々の黄昏」で、彼は82回の照明用リハーサルをやって、オーケストラリハーサルは1回だけ!バランスがとれてなかった。彼がそこにいる時に、一緒に音 楽をやることは素晴らしかった。でも、彼は電話だの照明だので忙しくて、100%そこにいない感じがしたわ。せいぜい、50%かそれ以下ね。それだけでは 十分じゃないわ。彼はただの人間で、全部を考えることはできなかったのよ。でも、それを受け入れることができなかったのね。彼は全部コントロールしたがっ ていたわ。最悪よ。彼は偉大なアーティストだったけど、1人の小さい人間。何が出来るっていうの?

メードル: 私は彼に...そうね、51年か52年にスカラ座の「フィデリオ」で会ったわね。もし、彼はあなた方の言う人間と違っていたと言ったとしたら......だいぶ時期が違ってたってことね。

ニルソン: おめでとう!

メードル: 信じてくれる?

ニルソン: 信じてあげるわよ。 

メードル: 彼はナイスで、親密で、常に誰かを助けようとしていた。おぼえているのは、ヴィントガッセンが不調だった時に、「もし高い声が出なかったら、こっちを向きなさい。オーケストラでカバーしてあげるから」と言ったこと。

ニルソン: そりゃもちろん、ヴィントガッセンが歌わなかったら、彼のその夜のギャラもパーになるんですからね。

メー ドル: 彼は本当の仲間だったわよ。あなたが信じないのはわかってるけど、本当なのよ。彼は、ミラノでは私たちと一緒にランチに行ったりしたのよ(ニルソン から驚きの声)。リハーサルもしたし、自分の指揮者用のスコアでピアノも弾いてくれたし........。彼は、トリスタンをスコアから弾いたのよ!4年も の間、彼は完全に普通の人間だったわね。ドイツ語で言う、「仲間」だった。わかっている。あなたはまったく正しいの。でも、最初の頃は、彼は違ったのよ。彼 が舞台演出をする時、照明は誰かにさせた。そして、彼の舞台はとても音楽的で、全ての動きは音楽から来ていたわね。それは素晴らしかった。でも、もちろ ん、ヴィーラントにとってはやりすぎだったわね。

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