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フランクの作曲過程ー弦楽四重奏曲ニ長調 (1890)冒頭部の原稿から


弦楽四重奏曲ニ長調は彼の死の年に初演された。生前のフランクの名望を一気に押し上げた傑作である。長大で渋い作品であるにも関わらず、聴衆は熱狂し、フランクにスタンディング・オベーションをおくったという。

曲の佇まいはベートーヴェンの晩年の弦楽四重奏曲に似ており、重厚なソナタ形式を持つ第一楽章、軽妙さと皮肉のきいた第二楽章、叙情が感動的な第三楽章、 そしてそれらを統括するアレグロの第四楽章から構成される。第四楽章ではベートーヴェンの第九交響曲のように、厳めしい主題と前の三楽章の楽想が次々 交互に登場する。彼の作品の中でも循環形式をもっとも強く意識させるものとなっている。ダンディは第一楽章を絶賛しており、ベートーヴェンの後期弦楽 四重奏曲以降に書かれたもっとも素晴らしい作品、と位置づけている。John Hortonの意見はやや異なっており、ヴァイオリン・ソナタやピアノ五重奏曲と比べて生みの苦しみの後が見え過ぎ、細部に拘泥しすぎていると指摘してい る。ただ、Hortonも作品の価値は認めており、賞賛に値するとしている。


フランクは1888年頃からこの作品を構想し、ベートーヴェンやブラームス、シューベルトの弦楽四重奏曲のスコアを研究していた。しかし作曲に入っ たのは1889年の春である。第一楽章は苦労したらしく、フランクは何度も書き直しながら呻吟しつつ書いたようである。この第一楽章冒頭部の原稿は、 フランクの作曲のやり方を知る上で興味深い例を提供してくれる。最初に作られた二つのバージョンがこれである。




第一稿 
第二稿



最終稿


第一稿は旋律の展開がぎこちなく霊感に欠ける。特に9-10小節目が平凡だ。第二稿でだいぶよくなっている。最初の数小節は素晴らしいのだが、5小 節目以降はやや方向性を失っている。やはり9-10小節目あたりが弱い。最終版にいたって、和声進行の美しさ、意外性、旋律の緊張感ともども、前の稿をは るかに上回る出来になっている。

この3つの版を注意深くみることでいろいろなことが見えてくる。まず冒頭3小節の主要旋律である。初稿では4分音符のみ、第2、3稿では4分音符と 8分音符を3小節目で使っている。いずれの場合も4-6小節目で同じリズムパターンが繰り返される。前述した典型的なフランクの指紋である。

面白いのは、フランクが3つの版で、最初の小節と最後の三小節を除いて、全く異なる和声進行をおこなっていることだ。このことは、フランク にとって良い作曲とは、あらかじめ決められた「起」と「結」の間を、いかに意外に、かつ美しく埋めるかという円環をつなぐような作業だったのだろう。 これもまた即興演奏家的な発想と言える。


To: フランクの「贖罪」-1

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