終わりに

若き日のニレジハージが優れたピアニストであったことには疑いはない。一方で、晩年のニレジハージが偉大なピアニストであったか、と問われれば、その答えはイエスであり、ノーでもある。古臭く、アマチュア的で、しかも老齢で正確に鍵盤が押せなくなった、というようなことは、誰でも容易く指摘できることだ。その一方で、彼のミスタッチの多さとスタイルの古さをもって、彼を凡庸なピアニストと決めつけるのは早計である。彼は晩年に至るまで、稀に見るほどの巨大な容量と、非凡な表出力を持った真の芸術家でありつづけたからである。このように、判断にいつも以上の慎重さを要する、という点一つとっても、彼は万人向けのピアニストではない。

そんな異端児の演奏にあえて耳を傾けることで、21世紀に生きる我々は何を得ることができるのだろう?一つ確実な事は、リストによって代表される19世紀の演奏スタイルを知ることができる、ということだ。そして、その事は、学術的な興味にとどまるものではない。かつては多く見られた、真摯な芸術行為に向き合うことも意味するのである。それは、現代に氾濫する、無機的で画一的な演奏スタイルの是非をもう一度問い直す、という作業にもつながる。

近い将来、ニレジハージの録音や作品が、広く聴かれる時代が来るかはわからない。彼の異形なスタイルを受け入れる土壌がまだ出来ているとは思えないし、そういう時代がこない方がむしろ健康的なのかもしれないとさえ思える。しかし、万が一、幾度目かにあたるニレジハージ・リバイバルが起きるとしたら、それはロマン派が現代に復権する余地がまだ十分にあるということになるだろう。



参考文献
1) Kevin Bazzana "Lost Genius: The Incredible Story of a Forgotten Prodigy and Musical Maverick"(2007)
2) A note in "Nyiregyhazi plays Liszt" (1977).
3) A letter to Otto Klemperor, Arnold Schonberg (1937).
4) A TV documentary "Ima Kono Hito Ni" NHK (1982).
5) A note in "Nyiregyhazi at the Opera (2000?).
6) Miles Davis, Autobiography