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オーケストラ演奏におけるビブラートの歴史 (2)

音源、および映像資料による検証


ここでは、ノリントン説を音源、および映像資料から検証してみたい。映像記録というものは判断材料として最も信頼度が高いものだが、残念ながら、1920 年代、30年代のオーケストラ映像はあまり残っていない。現在残っている最古の映像資料は、1926年に撮影された、ニューヨークフィルのものである。一 方、音源資料は数自体は多いものの、ビブラート有無の判断材料としての有用性は高くない。当時の録音技術では、ビブラートの有無がわかるほどの情報量が記 録されなかったからである。もちろん、音源によっては、ビブラートの有無がある程度確認できるものもあるが、リスナーが確認できた、できなかった、という のは、実際のビブラート使用とはあまり関係がない、ということは常に留意しておく必要がある。

ウィーンのビブラート

ここでは、「1940年代までウィーン・フィルはビブラートを採用していない」というノリントン説の一つを検証する。まず、1944年に収録された、リ ヒャルト・シュトラウス指揮のウィーン・フィルの有名な映像がある。ここでは、ヴァイオリン・セクションにおけるビブラートの使用が視覚的に確認できる。 ノリントンの「1940年代までは」という発言は、この映像を念頭に置いたものであろう。



それ以前の録音記録、つまり、ウィーン・フィルが1920年代から30年代に書けて残した録音を調べると、ビブラートの使用がはっきり確認できないもの、 あるいは非常に控えめなものが少なくない。例えば、1929年に録音されたヘーゲル指揮のスッペの「スペードの女王」においては、低弦における美しいノ ン・ビブラートらしき音が聴こえる。


映像資料としては、ウィーン・フィルの団員が参加した映画「Maskerade」(1934)がある。ここでは、指揮者の曲の紹介に続いて、弦の強奏が一 瞬映る。明らかに、ヴァイオリニストとベーシストの左手は動いていないのだが、よく眼をこらすと、指揮者の右脇から、ビブラートをしているチェリストの左 手が一瞬垣間見える。


1940年以前のウィーン・フィルがビブラートを使っていたという証言はいくつかある。1919年に、ジャーナリストのRichard Specht  (1870-1932)はウィーン国立歌劇場(宮廷歌劇場)管弦楽団(=ウィーンフィルの母体)以下のように書いている (3)(8)。

「18070 年代の音楽家はほとんど消え去り、ハンス・リヒター時代の音楽家はほとんど残っていない。指揮者は変わったものの、オーケストラの特徴、仕上がり、響きは 全く変わっていない。今日においては、同じランクに数えられるオーケストラはあるが、同じたぐいのオーケストラは存在しない。ヴァイオリンセクションのビ ブラートや情熱的な名人芸、チェロセクションの芳しいカンティレーナ、力強いコントラバス・セクションのいずれも、真似の出来ないものがある」。

1960 年のインタビューで、ブルーノ・ワルターも、「ウィーン・フィルのサウンドは1887年から変わっていない」「ビブラートのやり方(中略)は他では聴いた ことがない」と言い切る (3)。実際のところ、ノリントンをしてノン・ビブラ−ト奏法の例とされるワルターのマーラーの第九においてさえ、大きく歌う箇所において、ビブラートが 使われているのが確認できる。


こういった証言、資料を総合的に見て判断すると、以下のように結論できる。まず、ウィーン・フィルはロゼーやシャルクの影響で、他のオーケストラに比べ て、ビブラートを濫用することはしなかった。ただ、常にビブラートを完全に取り去って演奏していたわけではなく、場面に応じてビブラートを有効に使用して いた(ただし、この傾向は程度の差はあれど戦後まであった。ウィーン・フィルが現在のような豊麗な響きを獲得するのは、1960年代中頃以降の話であ る)。

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1. MUSIC; Time to Rid Orchestras of the Shakes, Roger Norrington, NY TIMES, 2003
2. Roger Norrington's Stupid Mahler Ninth, David Hurwitz, Classictoday
3. So Klingt Wien’: Conductors, Orchestras, and Vibrato in the Nineteenth and Early Twentieth Centuries, David Hurwitz
4. Cours de composition musicale (Paris, 1901/2), Vincent D’Indy
5. "A new history of violin playing" by Z. Silvel
6. Capturing Sound: How Technology Has Changed Music” (2004), by Mark Katz
7. Otto Strasser (1974) Und dgfur wird man noch bezahlt. Mein leben mil den Wiener Ph
iharmonikern, Vienna
8. Perspetives on Gustav Mahler, Jeremy Barham
9. Richard Specht, Das Wiener Operntheater von Dingelstedt bis Schalk und Strauss: Erinnerung aus 50 Jahren (Vienna, 1919), 82.


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